KJ-monasouken’s diary

昔「モナー総研」と言うスレ紹介ブログやってた人のブログ。いまはTwitterの活動がメイン。

【サボリ流家元】森毅【一刀斉】(数学)

数学者と言うより、エッセイストとかタレント文化人として有名な人。
文系人間の私としては「こういう訳のわからん数式覚えとくのも面白いんとちゃう?
社会でたら勉強することないから今のうち勉強しとき」と言う言葉が印象に残っている。


【サボリ流家元】森毅【一刀斉】
http://science4.2ch.net/test/read.cgi/math/1120111568/

1 名前:1 投稿日:2005/06/30(木) 15:06:08
と、いうわけで森京大名誉教授について語れ!


2 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 15:07:49

京大にふさわしいリベラリスト。学校体制への批判的著作多数。
「数学のすすめ」シリーズがエッセイ集としてはオモロイ。


3 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 15:09:47
器用すぎる多面的な秀才タイプ。浅田彰のお師匠様。専門は関数解析
ということになっているが、研究への愚直な努力に欠け、フィールズ賞
向きの性格ではなかったかもしれない。


7 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 15:18:10

数学をメタファーとして文系の連中が使うのに寛容な数学者はこの人
ぐらいだったのではないかと思う。基本的にニューアカは「知の欺瞞」
であったと僕は思う(浅田はともかく、中沢は最悪だった)。


20 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 15:45:57
http://www.ams.org/mrlookup?s3=mori%2Ctsuyoshi&pg3=ICN&s4=&pg4=TI&s5=&pg5=JOUR&ipage=&fpage=&arg3=&format=mrcit&Search=Search

http://www.ams.org/mrlookup?s3=mori%2Ctuyosi&pg3=ICN&s4=&pg4=TI&s5=&pg5=JOUR&ipage=&fpage=&arg3=&format=mrcit&Search=Search

http://www.ams.org/mrlookup?s3=mori%2Ctuyoshi&pg3=ICN&s4=&pg4=TI&s5=&pg5=JOUR&ipage=&fpage=&arg3=&format=mrcit&Search=Search

これが森毅の数学の全業績です.今のご時世なら崩れ確実です。
彼の教授人事では「こんな業績の無いのを教授にしたらだめだ」
という意見が多く出ましたが、でも結局「こんな教授が居ても
いいだろ」という意見が何故か大勢をしめて人事は通りました。


24 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 15:50:27
森センセイは数学者というよりは人生を語る芸人だったと言った方が
適切だと思う。


33 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:16:40
結局、森毅が書いたまともな数学論文は3本しかないってことか?


34 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:19:50

Mori, Tsuyoshi. Topological vector spaces. (Japanese) Sûgaku 12 1960/1961 210--225.
Amemiya, Ichiro; Mori, Tuyosi. Topological structures in ordered linear spaces.
                J. Math. Soc. Japan 9 (1957), 131--142.
Mori, Tuyosi. On the group structure of Boolean lattices. Proc. Japan. Acad. 32 (1956), 423--425.


35 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:20:52
>>33-34
Mori, Tsuyoshi. Topological vector spaces. (Japanese) Sugaku 12 1960/1961 210--225

は論文ではなくて『数学』に載せた総説記事。論文といえるのは

Amemiya, Ichiro; Mori, Tuyos
 Topological structures in ordered linear spaces.
 J. Math. Soc. Japan 9 (1957), 131--142
Mori, Tuyosi
 On the group structure of Boolean lattices. Proc.
 Japan. Acad. 32 (1956), 423--425

の2本のみ。合計15ページですね。


36 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:23:40
Proc. Japan. Acad.はレフェリーがない?ので、論文は1本。
しかも共著。


37 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:25:51
酷いもんだなあ。サボリにもホドがある・・・。


38 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:26:57

佐保利流元祖だけのことはある!


39 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:27:36
これで京大教授だからウハウハ


40 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:29:08

いまなら崩れ確定ではないか!
うらやましい時代だなwww

44 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:38:53
流石に浅田彰の師匠だけのことはあるなw。
労力を最小にしてアカポスを要領良く確保するという・・・w
上野先生を恨んでいる崩れたちが怒るか羨ましがるか。


46 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/06/30(木) 16:41:11

森毅に怒る人はいないだろう。
アカポスゲットはかくありたい」と思うのみでは?


57 名前:基礎学力なしでやる[sage] 投稿日:2005/06/30(木) 19:34:12
こんなのあった。

ぼく自身は数学少年だったが、戦争中の本のない時代だったこともあって、
古本屋で数学の本をあさってきて、それを解読しようとした。解読というのは、
それを理解するための基礎学力なしでやるよりないから。
これは案外に有効で、研究者になってからでも、専門書を読むとき、
基礎学力を整えてからでは間に合わぬ。教授になって人事を扱うようになってからは、
公募で論文が送られてきても、その分野の基礎学力は大学院生より劣る。
それを用意しようとすると1年ぐらいかかる。
その分野にくわしい知人に教わりに行くのだが、
彼の判断に従っては人事の自主性に反する。自分で判断するには、
専門以外の分野のことでも、その分野の基礎学力なしで議論できなくては困る。
それで、案外に、新しい視点が生まれたりする。
http://www.manavinet.com/special/0401/no3.html

83 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/03(日) 15:18:26
京大教養部で森毅氏が教授に昇進したとき、「なんであんな奴を教授に
するんや?」という事で、理学部数学教室と教養部の亀裂が決定的にな
ったという話を聞いたことがあるけど、さもありなんという感じ。数学
関係者は学生も含め誰も彼を数学者だとは思ってないが、大学の数学教
師をしながら文化評論家として一家を成した人物と認めている人は少な
くない。評論家活動の中で京大教授という肩書を利用していたうさん臭
さは否めないが、それだけの人だったら京大やめて10数年たった80
歳近いオジイちゃんなんて、いくら京大名誉教授だからと言っても誰も
見向きをしないんじゃないかしら。


85 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/03(日) 15:50:34

>>83
でも、森先生は上野先生の書くものより圧倒的にユーモラスで鋭い数学記事を
「数セミ」「数学教室」等々に書いておられましたよ。教養の深さでは相当な
レヴェルだったのではないか。教育論も上野先生よりはるかに柔軟だと思う。


88 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/03(日) 16:52:55
>>85
そうです。だから、数学の論文がどうのこうのでケチをつけたり、
数学者じゃないからどうのこうのというのは見当違い。教授昇進
も、独自の文化論を背景にした数学教育論で評価されてのことだ
ったと思う。


114 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/04(月) 11:21:28

文化に造詣が深い,とか
視野が広い,とか
いうと聞こえがいいけど
この人はたんに薄ぺらい人なだけに見える
いろんなもん読んでると

旧制の高校・大学エリートの自慢話と昔話ばかりで
辟易する

エリートの存在すべてを否定すべきではないけど
この人はその悪い面の典型例


115 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/04(月) 11:57:00
俺は正反対だな。エリート教育大反対だけど森さんは好きだな。


116 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/04(月) 12:00:43

むしろこういう余裕のあるエリートがいなくなった今の日本の大学の方が
問題なんじゃないの?上野さんなんて余裕の無いエリートの典型例じゅない。


117 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/04(月) 12:02:56
 森先生は書くものどれをとっても余裕に溢れている。
『異説数学者列伝』(蒼樹書房→ちくま文庫)なんてケッサクで
 サイコーですよ。


118 名前:132人目の素数さん 投稿日:2005/07/04(月) 12:09:03

書くものが柔らかいんだよね。登校拒否問題にしろオタク問題にしろ、
非常に対応が柔らかい。ひきこもり問題だって「まあええやないの」
という感じで処方箋を述べそうな気がする。

215 名前:132人目の素数さん[] 投稿日:2005/09/18(日) 13:50:08
30年以上前の昔話ですが、森毅さんは、遠山啓さんと一緒に
数学教育に打ち込んでいたころが一番輝いていたように思います。
彼らのやり方を発展的に継承する人が出てこなかったことを
残念に思っていたようですね。
彼の興味関心が数学から文化一般に拡散してからは
自ずと疎遠になってしまいました。

 なんというか、大学が真のエリートだけのものだった時代ならエエ加減でも学生が優秀だから何とかなったのだろうけど、
今となっては受験勉強さえ要領よくやれば凡人でもそれなりの大学に行ける時代。勉強しないで良いとなれば、意識の
高い一部の人以外はなかなか勉強しない・・・とこれは自戒も込めて言っているわけですが。


 先日、こんな記事を書いて、色々とトラックバックもいただいたのですが、充実した人でも、大学の外で充実してた人が
ほとんどで、大学で勉強して充実した人がほとんどいないのってどうなんですかね。理系ならまだしも、文系なら研究者に
なろうって人くらいしかそういう人はいないのでは、と言う感じが・・・


森毅氏の語り口は好きですし、実用主義が過ぎて「勉強して何の役に立つの?」みたいな物言いも好きじゃないのですがね。


まあ、大学の時に勉強が足りなかったので、今になって私はわざわざ仕事終わってから学校に行っているということになるのでしょうね。


てなわけで、社会人学生としてどうにか9か月程やってきた2006年も明日でお終いです。

皆様よいお年を。